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仙台高等裁判所秋田支部 昭和34年(う)110号 判決 1960年4月13日

控訴人 被告人 加藤敬次

検察官 小祝二郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一月に処する。

本裁判確定の日より一年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人戸田誠意作成名義の昭和二十七年九月二十八日付控訴趣意書第一点、第三点及び被告人作成名義の控訴趣意書の記載と同一であるからここに之を引用する。

控訴題意に対する判断に先立ち職権をもつて本件は当初の公訴事実全部が当審における審判の対象となるや前第二審において無罪を宣言された被告人が所定の麻薬受払簿にその品名、譲受数量、年月日譲渡者の住所氏名等を記載しなかつた所為のみが審判の対象となるやにつき検討するに別紙添付の如く最高裁判所は「原判決を破棄し本件を仙台高等裁判所秋田支部に差し戻す」旨を判決し理由については検察官の上告趣意第二点について所論のごとき違法ありとし論旨を認容して原判決を破棄し原審たる当庁に差し戻した。

しかして記録編綴の上告申立書により明らかな如く仙台高等検察庁秋田支部検察官石合茂四郎の上告申立書によれば本件につき昭和二十八年二月三日当庁が言渡した第二審判決中無罪部分に対し上告する旨が明記してあり、その後提出の上告趣意書には無罪と認定したのは誤りである旨縷々記載している。よつて本件公訴事実を観るに第一は旧麻薬取締法第十四条第一項第五十九条第一項違反の麻薬受払簿に不記載の罪、第二は同法第三十八条第一項第五十七条違反の麻薬不正使用の罪であり第一審裁判所は両者は併合罪の関係にある犯罪と認定して審判した案件である、第一審判決に対し被告人より控訴を申立て前第二審は右第一は無罪、第二は有罪の判決を言渡した。

以上の次第であるから検察官より申立てた上告は一部上告であり且つ一部上告が許されない場合に当るという特段の理由が発見されない本件では上告されなかつた有罪部分については移審の効力を発生する限りでなく被告人より上告のない有罪部分についてはそのまま確定したと解すべきである。従つて上告審の判決は「原判決を破棄する」とあつても審理の対象とならなかつたものを破棄することはありえないので原判決中上告の対象となつた無罪部分を破棄する趣旨と解するの外ない。従つてまた差し戻し第二審の審理の対象もこの部分であると解すべきである。

次に後記認定の如く差戻第二審たる当庁の有罪判決において言渡すべき刑については刑事訴訟法第四〇二条の適用あることは勿論であり従つて差戻前の第二審判決中既に確定した有罪部分に対する刑と差戻第二審において新に言渡さるべき刑との合計が第一審判決の刑に比し実質的に重くないことが必要である(大審院判例集五巻四六七頁参照)。しかし最高裁判例(集五巻一七一五頁)は懲役六月三年間執行猶予と禁錮三月の実刑については後者の方が重いとしているので本件の場合第一審の刑は懲役二月の実刑であり前第二審の刑は懲役二月二年間執行猶予であり、今回宣告の刑は懲役一月一年間執行猶予であるから確定部分の刑と合算すれば懲役三月と前刑は二年後刑は一年の執行猶予となり懲役二月の実刑より重くないと解するのが相当である。よつて本判決は不利益変更禁止の規定に反するものではないと解する。

次いで控訴趣意について判断を加える。

弁護人の控訴趣意第一点について。

所論は原判示第一の被告人の所為につき、被告人が原判示のごとく西田祐太郎から譲受けた塩酸モルヒネ末はその大部分を自己の体に使用したもので、これ即ち旧麻薬取締法第三十八条、第三十九条に違反する所為であるから、かかる場合右譲受の事実を麻薬受払簿に記載しなかつた被告人の本件所為を以つて同法違反として処罰することは自己の罪跡の表白を強要することになり法の精神に違反し、且被告人に対し適法行為の期待が不可能であるから犯罪を構成しないというのである。

而して記録によれば被告人は当時麻薬取扱者たる医師で、自ら麻薬中毒者であつたが、中毒症状緩和のため、所論のごとく原判示の譲受麻薬を自己の体に注射して施用したことが認められるのであるがそもそも「麻薬は、その用法によつては、人の心身にきわめて危険な害悪を生ずるおそれがあるから、麻薬取締法(昭和二十三年七月十日法律第百二十三号)が、その取扱に厳重な規制を加え、またこれを取扱う者の資格についても特定の制限を設け、免許制度をとつていることは、公共の保健衛生の要請からいつても正当な処置であり、そしてまた同法第十四条が、麻薬取扱者に対し業務所ごとに帳簿を備え、麻薬に関する所定の事項の記入を命じ、その違反に対し同法第五十九条に刑罰制裁を定めていることは、前示のような麻薬の性能にかんがみ、その取扱の適正を確保するための必要な取締手続にほかならない。」(昭和二七年(あ)第四二二三号、同三十一年七月十八日最高裁判所大法廷判決参照)したがつて麻薬取扱者は、麻薬を他より譲り受けた場合、これを違法に施用する意図のもとに譲り受けた場合であると否とを問わず備付帳簿に所定事項の記載をすべきであつて、かく解することこそ右麻薬取締法の精神に合致するといわねばならない。又かかる場合帳簿不記入の故を以つて処罰することは自己の罪跡の表白を強制することになる旨の所論は、右麻薬取締法中帳簿記入に関する規定そのものは憲法第三十八条第一項の保障とは関係なく(前記最高裁判所判決参照)、所論のごとき事由だけを以つて被告人に対し適法行為の期待可能性がないとすることは前記麻薬取締法の精神並びに法定記載事項等に照らし採用の限りではない。

したがつて所論はすべて失当であるから論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第三点、被告人の控訴趣意について。

記録及び当審における事実取調の結果によつて確認できる被告人の経歴、学歴、本件犯行の動機、態様、特に被告人が現在肩書住居地において開業医として真面目に働いており将来再び本件のごとき犯罪を繰り返すおそれがないこと、その他諸般の情状を斟酌すれば原判決が被告人の本件所為につき原判示第二の所為と併合罪の関係において被告人に対し懲役二月の実刑を科したのは量刑が重きに失して不当であるといわねばならないので原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決を破棄し同法第四百条但書を適用して更に次のとおり判決する。

原判決が確定した原判示第一の被告人の所為は旧麻薬取締法(昭和二十三年七月十日法律第百二十三号)第十四条第一項、第五十九条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項、麻薬取締法(同二十八年三月十七日法律第十四号)附則第十六項に該当するから所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期範囲内において被告人を懲役一月に処し情状を考慮し、刑法第二十五条第一項に則り本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 松本晃平 裁判官 石橋浩二)

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